繁殖プログラムの経歴(Breeding Program History)


米国ではロバートを親しい意味を込めてボブと呼ぶそうですので以下ボブと呼びます。

ボブは1936年15才の若さでエルフュー犬舎での繁殖プログラムを開始しました。
ボブは長期的な繁殖計画を予想して繁殖プログラムの最終目的となる体構と心理的なスタンダードを採用しました。
それはそのタイプ通りに何世代も連綿と典型的なポインターの系統繁殖を実現したいという欲望でした。
 この系統はフィールド・トライアルで勝利し、見た目にも楽しく、最も鑑識眼(犬識眼)のあるスポーツマンを満足させるポインターにとって必要な全ての特質を持つ系統でした。
これらの犬は体構とパフォーマンスにおいて傑出したものであり、何年も評判となる特質を持ち、そしてスポーツマンが何世代も越えて誇りに出来るものでした。
60年の努力の結果ボブが大袈裟に予言した繁殖プログラムを達成し、最終目的のエルフュー・スネークフットを輩出しさらに進化したエルフュー・トムフールを輩出しその系統は連綿と継続されていきます。
ボブが亡き後も、エルフュー・ポインターラインを、ボブの繁殖プログラムに基づいた素晴らしい系統繁殖のできるブライアンとマーサ・ヘイズに任せました。


上の写真は、フランク・オブ・サニーローン(左) ・ レキシントンジェイク(中央) ・ スネークフットとボブ・ウィール(右)

エルフューポインターの起源(The Origin)


 最初の繁殖用台雌として使われたのが、1936年にスコットランドのグラウス・ムーアから輸入されたジェム・オブ・ファーンでした。
ジェム・オブ・ファーンに史上最高のシューティングドッグの種牡、フランク・オブ・サニーローンを交配しエルフュー・ミッジが誕生します。
フランクはオールエイジタイプとしてはワイドレンジではありませんでした。
しかし鳥を見つけるための優れた嗅覚、バードセンスそして素晴らしい決断力を持っていました。
ジェム・オブ・ファーンとフランク・オブ・サニーローンは、共に傑出した身体標本であり、ドッグショーで勝利しています。
エルフュー・ミッジに、ニューイングランド出身の偉大な種雄、レキシントンジェイクを交配しました。
レキシントン・ジェイクは、他の多くの有名な種雄と比較して偉大な種雄の一頭であったとボブは信じています。
 エルフューのナショナル・チャンピオンは全て、何度もレキシントンジェイクにさかのぼります。
レキシントンジェイクの優性遺伝はエルフュー・ケンネルにおいて証明されました。
 他の血液も時々、主としてエアー・パイロット等から導入されました。つまり、レキシントンジェイクとエアー・パイロットがエルフュー・ポインター系の根源であると考えることができます。
これらの種雄について多くのことが書かれていますが、それらがこの犬種の中の偉大な種雄の二頭であると言っても過言では無いでしょう。

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